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Legends of the Game

ウイルソンスタッフの伝説

伝説。ウイルソンスタッフがゴルフの歴史を変えた。

1914年、万人にゴルフというゲームを知らしめる3つのエキサイティングな出来事がありました。
1つは、ウォルター・ヘイゲンの全米オープン優勝。彼の素晴らしいゴルフの技術と華やかな人柄により、彼は新聞の大見出しを独占。アメリカ人のゴルフに対する関心が高まり、トーナメント来場者が激増しました。

2つ目は、自動車メーカー“FORD”の創業者であるヘンリー・フォードが自動車生産の量産化に成功。これを機にフォード社の労働者賃金が2倍となりました。又、彼はこれまで富裕層のゲームであったゴルフを大衆のゲームとする為の時間とお金を提供したのです。

3つ目の出来事はWilson社がスポーツ用品業界に参入したことです。ウイルソンゴルフの大胆な発想と易しいクラブ作りは、多くのゴルファーに対しゴルフをより一層楽しめるゲームへと変えたのです。

下記の歴史は50年前の上品なゴルフというゲームを、今日、私たちが知っている刺激的かつ最小ストロークを競うパワフルなゲームへと変貌させたウイルソンゴルフの歴代史です。


1914
アシュランド・マニファクチュアリング社(The Ashland Manufacturing Company)はウイルソン社と社名を変更。ところがアメリカ合衆国より「第28代大統領 ウッドロー・ウイルソンの名を名乗るなかれ」とクレームを受けた。ウイルソン社は当時在籍していた従業員「トーマス・E・ウイルソン」を社長に据える奇策を講じた。これが現在のウイルソン社(Wilson Sporting Goods Co)の始まりとなった。

1922
ウイルソン社はジーン・サラゼンとスポーツ業界で初めてのアドバイザリースタッフ契約を結び、ウイルソン社の名を全米中に広げた。サラゼンとの契約期間は1997年まで続き、同一メーカーにおいてスポーツ史上最長の契約となった。サラゼンはウイルソンと供にトーナメントを戦い、2度の全米オープン、3度の全米プロ、全英オープン、マスターズを含む39度のPGAタイトルを獲得。1974年にはゴルフ殿堂入りを果たしました。
サラゼンのみならず、ゴルフ史の偉人であるサム・スニードやウォルター・ヘーゲン。更にはアーノルド・パーマー、ニック・ファルド、ジョン・デイリー、ビジェイ・シンなどそうそうたるメンバーがウイルソン スタッフへと参画しました。

1933
ウイルソンのアドバイザリースタッフであったウイリー・オッグ(Willie Ogg)は現在のキャビティの原型となる、“Ogg-mented ”アイアンをデザイン。ヒール側の重量をスイートスポットへと分配するアイデアは当時、画期的なものでした。
1932年、ジーン・サラゼンは全英オープンで優勝。その勝利の陰にはキャディバッグに忍ばせた1本の秘密兵器がありました。それは彼が飛行機に乗った際、尾翼を見ながら思いついた“バンカーで砂の中をなめらかに滑るクラブヘッド”でした。
サラゼンはウエッジのソールに溶接を施し、現在のバウンス(跳ね上がりの意)をつけました。
これがサンドウエッジの原型となり、“エクスプロージョンショット”が生まれました。
ウイルソンはその年、R-90という名でサンドウエッジを発売、50,000本を販売しました。ゴルフ史において最も人気のサンドウエッジが誕生したのです。

1935
この年のマスターズ最終日、ジーン・サラゼンは、15番パー5で残り
235ヤードセカンドショットを直接カップイン。アルバトロスで首位のクレイグ・ウッドと並んだ。
サラゼンは36ホールのプレイオフでウッドを破り、優勝。この伝説的勝利により、彼は4大メジャーすべてを制覇し、グランドスラムを達成した初のゴルファーとなりました。



1937
この年、伝説のゴルファー“サム・スニード”がウイルソン・アドバイザリースタッフとして参加。彼がまだ25歳であったこの年、PGAツアーにて5勝を上げ、Slammin'Sammy(スラミンサム ダントツのサム)と呼ばれた。彼の伝説のキャリア(全米プロ3勝、マスターズ3勝、全米オープン1勝を含むPGAツアー81勝)はこの年から始まりました。
後に、彼はウイルソンと名誉ウイルソンスタッフとして生涯契約を結びました。

1940
22歳であったパティ・バーグがこの年、ウイルソンスタッフに参画。彼女の功績は偉大なもので、全てのメジャー・トーナメントで優勝。通算80勝を上げ、ゴルフとウイルソンの大使として10,000回以上のゴルフクリニックとエキシビジョンゴルフを行いました。

1947
ボブ・マンドレラが雑用係としてシカゴのウイルソン本社に入社。この時はだれも彼が有名なクラフトマン“クラブマスター”になるとは思ってもいなかった。2003年にはクラブ職人として殿堂入りも果たした。

1948
当時ウイルソン社の社長であったローレンス・アイスリー(Lawrence Icely)はパティ・バーグ(Patty Berg)とベイブ・ザハリアス(Babe Didrickson Zaharias)が設立した、現在のLPGAの前身であるNew Women's PGAの財政支援を行った。

1954
ゴルフがパワーゴルフの時代となった理由の1つにウイルソンスタッフゴルフボールの登場があります。通常のボールと比較し、初速が40%もアップしたこのボールは『Long Ball』と名を馳せました。ウイルソンスタッフボールは1954年から長期に渡り、どのメーカーよりもマスターズと全米オープンの勝利を獲得しています。

1970
この年2月、ソフトドリンクやスナック、サービス業など多角経営を行っていたペプシコが、ウイルソン社を買収。新たな社史がここから始まりました。
ウイルソンのアイアンは何十年もの間、ゴルフゲームのトップに君臨しました。代表的なモデル“ダイナパワー”、“フルードフィール”、“FGシリーズ”などはこの時代に生まれました。


1983-1989
ツアーにおいてアイアン使用率No.1を誇っていたウイルソンスタッフはスタッフツアーブレードを発売。同時にアルミフェイスインサートのスタッフパーシモンウッドも発売されました。又、この時代、画期的な次世代ボール“ウルトラ(Ultra)”を発売、ウイルソンの歴史の中で記録的なセールスとなりました。
1989年にアメアグループ(本社 フィンランド、ヘルシンキ)が世界No.1のスポーツギアメーカーを目指すべく、ウイルソンを買収

1990-1991
PGAツアーではかわらずウエッジ使用率No.1をウイルソンが獲得していました。
1991年にはFG-51アイアンを発表。

1994
ジーン・サラゼン“R-90”サンドウエッジの復刻モデルを発売。このウエッジはボブ・マンドレラが開発した2つの名器“New Staff”ウエッジ、”Dyna-power”ウエッジと共に、ウエッジ・オブ・ザ・イヤーに選ばれました。

1995
Staff RMミッドサイズアイアンを発表。このアイアンはツアーに衝撃を与えました。
このアイアンは約50年もの間、ウイルソン社でクラブ作りを第一線で行っているボブ・マンドレラの手によってデザインされたものです。アイアン名にあるRMは彼の頭文字(正式名 Robert Mendralla)のイニシャルです。

1997
この年、アイアンの画期的モデル Wilson Fat Shaft(ウイルソンファットシャフト)を発売。
アイアン性能に最も影響するシャフトのねじれ、トルクを抑える為に開発されたファットシャフトは通常のアイアンに比べシャフト先端を30%太くし、トルクを40%減少させました。その安定性からファットシャフトは最も方向性のいいアイアンと言われました。


1998
新たにパドレグ・ハリントン(Padraig Harrington)をアドバイザリースタッフに迎え、彼はこの年1月ヨーロピアンツアーメンバーでは最高位のワールドランキング6位に登りつめました。

2001-2003
2002年、世界初の完全重心センターバランス設計の“Staff True”ボールを発売。
2003年にはハリントンがウイルソンと5年間のアドバイザリースタッフ結んだ。
日本ではこの年、ディープレッドTABキャビティを発売。アイアンの初速アップを実現するTABアイアンは多くのゴルファーの支持を得、この年の『間違いだらけのゴルフクラブ選び』においてグランプリを受賞しました。

2004-2005
2004年は日本のウイルソンにとって多くの出来事がありました。
この年、コンポジットドライバー“ウイルソンスタッフNC4”を発表。
このドライバーの比類なき飛距離は、ゴルフダイジェスト社の『ドライバーオリンピック2004』において準優勝、『D-1グランプリ』においてグランプリを獲得。『間違いだらけのゴルフクラブ選び』ではシニア最優秀賞に選ばれるなど、多くのメディアから絶賛されました。
ツアーではアドバイザリースタッフの神山 隆プロがJCBクラシック仙台にてツアー初優勝。前年度シード権すらなかった彼は、2004年度、賞金ランク8位にまで登りつめました。
女子では上原彩子プロがプロテストをトップ合格し、話題をさらいました。
NC4の驚くべき飛距離、アドバイザリースタッフの活躍は、2004年に再生した伝説のブランド“Wilson Staff”と共に始まっています。
ウイルソンスタッフが“Long Ball”を発売して半世紀、ウイルソンがゴルフ業界を近代化させた今、このブランドで新たな挑戦に向かっています。それはゴルフメーカーとして初めて戦略的に“ナノテクノロジー”を製品に活用し、性能向上を図っていることです。
この最先端技術はゴルフを新しいステージへと引き上げてくれるものです。
ウイルソンスタッフの歴史はゴルフテクノロジーの歴史でもあり、多くのプロフェッショナルゴルファーの歴史です。又、それはあなたの歴史でもあるのです。